演出で語る宇宙兄弟〜《#12》コロコロムッタ〜【ソノディの考察】
![]()
こんにちは!
宇宙兄弟元アシスタントの
ソノディです!
前回に引き続き今回もこの企画の第二弾!!
『元宇宙兄弟アシスタントが宇宙兄弟を1巻から読み返して
あらためて気づいたことや感銘を受けたシーンについてアシスタント&描き手の視点から語らせていただく〜!!』です!
今回はコミックス第2巻から私が特に気になった話やシーンについて
元アシスタントの目線から書かせていただきたいと思います!
*この記事は、元アシスタントである私が、『宇宙兄弟』第12話「コロコロムッタ」を読んで感じた、
あくまで個人的な解釈・分析です。
作者である小山宙哉先生の意図を断定するものではありません。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
前回の『構図で語る宇宙兄弟〜《#8》再会〜【ソノディの考察】』では
宇宙兄弟におけるセリフやナレーションに頼らない、いわゆる「語らない演出」について書かせていただきましたが、
このコミックス第2巻《#12》コロコロムッタでもその「語らない演出」が多く使われています。
まずは12話の冒頭のこの見開きです!


六太が会社をクビになったきっかけである頭突きをした上司が
JAXAに頭突きのことに加えて「南波六太は宇宙飛行士に向いていない」とぶちまけたことを知り
2次選考の結果が絶望的であることを憂いながら、いくつものシャボン玉を膨らませるシーンです。
「なぜ、ここでシャボン玉を描いたのか?」
六太は、日々人やケンジ、せりか達は受かっているだろうが、一方で、自分は消えていくのではないか。
そんなことを考えながら、シャボン玉を吹いています。
普通の漫画では、こういうシーンはタバコをふかし、その煙が儚く空に消えてゆく
という演出をすると思います。
でもここで「タバコ」ではなく「シャボン玉」なのが
なんとも六太らしいと言いますか、宇宙兄弟らしさでもありますよね。
もしかしたら、この演出には小山先生の「バナナ理論」が使われているのではないかと思います。



